附属図書館トップ図書館紹介図書館報図書館報総目次


資料紹介

『Traite de Zoologio』

今日,生物学における研究は,バイオだDNAだとか様々な新しい実験的分野が進んでおり,研究はこれしかない,分類学などもはや過去の遺物でしかないと思っている人が多いと思われる。このような考えは近代科学の傲慢といわなければならない(西村三郎,1987)とたしなめているが,新しい学問が過去の遺産の上に成り立っていることを忘れてはならない。こうした中で,フランスでは驚くべき図書が企画されていた。それが,この『Traite de Zoo1ogie』全17巻(40冊以上)からなるシリーズ本である。1冊の平均が1000頁ほどの分厚い本である。最初のものは1950年頃に始まるが,40年以上出版が続けられていてどこまで完成したのかさえわからないほどである。当然のことであるがすでに入手出来ないものもある。その内訳を見ると無脊椎動物で11巻(22冊余り)である。これに比ベ,脊椎動物は6巻18冊とかなり多い。中でも哺乳類はその半分を使っている。系統分類,比較解剖,筋肉,各種器官,骨格,系統発生などが含まれる。こうした内容の配分はヨーロッパ風である。

『Traite de Zoologie』の著者はソルボンヌ大学のP.P,Grasse各教授を筆頭にざっと150人からなり,パリ自然史博物館をはじめフランス国内の教授陣が中心で,いくつかの分野ではベルギー,スウェーデン,ドイッ,旧ロシアの研究者もみえる。この顔ぶれを見るとフランスにおける動物学のレベルがわかるような気がする。著者の中に,とくにパリ自然史博物館の研究者がめだつが,これは当然のことと思える。このことについてはパリの自然史博物館がどのような歴史をたどったかをみれば理解できよう。自然史博物館は,最初は薬用植物園でスタート(1626)した。アカデミー・フランセーズの設立された(1635)年に王立植物園が公式にスタートした。ここに博物学者ビュフォンが総監として職務についてから次々と拡張され,鉱物,植物,動物などあらゆるものが集められるようになった。彼の仕事については次のような本で知ることが出来る。

『博物学者ビュフォン』P.ガスカール,石本訳,白水社(1991),『ビュフォンの博物誌』C.S.ソン二一二,荒俣監修,工作舎(1991),『大博物学者ビュフォン』J.ロジェ,B.直英訳,工作舎(1991)。

ビュフォンは1788年に死亡した。そのL宣後のフランス革命により共和国となり,植物園も組織の改革がなされた。その後のことは,M・ルドウィック(大森・高安訳『化石の意味』,1981)によると次のように記されている。


「新しいフランス共和国の科学活動の拠点となったのが今日の自然史博物館である。前身である旧王室植物園,動物園および王室博物館が国立博物館として再縞成され,12の教授職によって構成された。その中に,地質学はサン・フォン,無脊椎動物は『動物哲学』の著者で,進化論の先駆者J‐ラマルク,脊椎動物はE‐サンティレールが,そして解剖学教授にはJ‐キュヴィェ(当時28歳)が選ばれた。キュヴィェの仕事は注意深い観察事実を根気よく集めること,当惑させられるはど変異に富む博物学現象を支配する単純な自然法則を迫求すること,そして,それらの変異を合理的な分類に基づいた体系に帰順させること,であった。キュヴィェはこのような研究の条件に完全に適していた。博物館の解剖用動物の管理者として彼は要求に耐えうる大量の標本蓄積に尽力した。キュヴィェの研究の基礎となっている理論原則は明快なものであり,それは,医学の分野ではすでに達していた正確さと純粋さを比較解剖学に与えることであった。事実上,彼の研究はその道の先駆的なものであり、すべての動物の概略と詳細について開拓したものであった。キュヴィェは解剖学の部署に任命されていたけれども,彼はこの学問をより広い意味でとらえていた。それまで理解されていた解剖学も生理学も,彼にとっては分けることが無駄であった。生きていて機能している生物体の統一的研究に,この両学問は統合される必要があったのである。

キュヴィェはパリに到着して間もなくすると今風でいう機能形態学的研究を進め,それを比較解剖学の形に整えた。それは,それぞれの生命機能を促進させている諸器官について,全ての動物界に亘って比較しながら研究することであった。」

キュヴィェは比較解剖学に必要な標本を山のように集め,新しい自然史博物館の基礎を作った。天変地異説を提唱したキュヴィェは進化論に関してはラマルクに一歩譲ったけれども,白然史博物館の充実には多大の貢献をした。この『Traite de Zoologie,動物学提要』の内容をみると正にこうした多彩な博物館の標本収集活動と研究に裏づけられるような,それも300年に及ぶ歴史の上に立った底の深さを思わされる。

1991年の夏のことである。私はパリの自然史博物館を訪問した。2つの目的があった。1つはセーヌ川沿いに開かれている小さい古本屋街を訪ねて,変わった古書をみて廻ること,もう1つは自然史博物館をみることであった。自然史博物館の一部は閉館されており,植物園は時間がなくてみれなかった。幸いなことに一番見たかった動物の骨格と古生物の展示は見ることが出来た。この時,博物館を見て驚いたのはなんとも古色蒼然とした陳列で,標本が古いという反面よくまあ色々なものを集めたものだと思うほど多様であった。雑然とした様はまさに展示の遺物といった感じであった。しかし,よく観ると実に系統だって集められた標本がびっしりと並べてある。何か目的をもって見ればかなりのことがここで判るはずだ。たとえば生物の知能を具体的に知ろうと思えば,各種動物の頭蓋や脳の標本を調べる事が出来る。他の国ではきれいに整理し,説明も丁寧で判り易くなるような展示がされているが,そういう類のものではない。私には様々な実物を観る事が出来たし,比較解剖学的な側面も示されている展示品は,古くささなど何の問題もなかった。博物館では物の存在が重要であればこそ,この古くさい展示を新しい展示(内容)にするには容易でないような気がする。フランス人以外の著者について2,3ふれておくと,ドイツのD.Starckは,有名な『Vergleichende Anatomie der Wirbeltiere』(3巻)の著者であり,スウェーデンのStcnsio(故人)は,甲冑魚と呼ばれる古代の原始的な魚類化石を少しずつすり減らしながら,それを何十枚という数のフィルムにスンプ法で記録し,解剖学的な研究をして多大な成果を上げた。その内容は別シリーズの『Traite de Paleontologie』のIV巻(3冊)で知ることができる。この様にこのシリーズ本の著者には一流の研究者をずらりと揃えている。ついでに『Traite de Paleontologie』(全7巻,古無脊椎I-III,古脊椎IV-VII)のことを紹介しておく必要がある。この本は動物シリーズの姉妹篇といってよい。両古を合わせると50冊,優に5万頁になる。こうした本がでる風土になにか日本との大きな違いを感じないではいられない。

日本でこれだけの研究者を集めることはまず出来ない相談であろう。またこのような本の原稿があったとしても,日本の出版社で出版してくれるところがあるとは思えない。折角出版されたこの動物学の体系的なシリーズはフランス語であり,日本ではあまり多くの読者が得られそうもないのは残念ではある。しかし,多くの挿入図をみるだけでもかなりの理解を得ることが出来よう。一目でも見て欲しい本である。こうした,質量共に重量感のある著作は当分どこからも出ないであろう。一時代を画する業績が後世に残され次の新しい自然史学の基礎になることは間違いないであろう。こうした活動が文化を支えているのであろうことをつくづく考えるのである。

(図説明)

キュヴィエの代表作の一つ『化石動物の骨格の研究(1925)』の1つを引用した。比較研究により南米の化石はナマケモノの大型の動物であることを証明した。絵はあまり良くない。(fig. 1)

『Traite de Zoologie』の図の一つ。奇蹄類の脳構造を示した図。(fig. 2)

<はせがわ よしかず 教育学部地学教室 教授>


附属図書館トップ図書館紹介図書館報図書館報総目次