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 西ヨーロッパ5万分の1地形図集成について

谷治正孝
 
このたび、附属図書館で大型コレクションとして、西ヨーロッパ各国の5万分の1地形図約5400枚が購入された。これは画期的な事である。というのは、 元来、峰岸明教授が館報vol.7 no.2 にも書いているように、「図書」という 語は "図と書と" を意味していたのに、長い間、一枚一枚の地図は図書ではなく、消耗品ということで図書館の収集の対象になってこなかったからである。欧米の大学では、地図を収集して利用者に便をはかるマップライブラリーを 完備しているとことが多いが、日本ではそのような図書館機能が極めて遅れている。本学附属図書館も、これでようやく新館増築に伴い、マップライブラリー充実への第一歩を踏み出したのである。

日本や欧米では1万分の1以上の縮尺の地図を一般に大縮尺地図といい、5万分の1地形図は中縮尺の地形図とされている。日本と同様西ヨーロッパでも、実測図としたは2万5千分の1地形図を作っている国が多く、5万分の1地形図は2万5千分の1地形図から作った編集図である。今回、2万5千分の1地形図ではなく、5万分の1地形図を収集したのは、2万5千分の1地形図では枚数が膨大になりすぎ、金額・納品場所に難があるのと、国によっては2万5千分の1地形図がまだ完成していないためである。尤も、5万分の1地形図に統一したため、その発行部数の少ないイタリアがコレクションから抜けてしまったのは残念である。日本に遠いヨーロッパよりも、アジアの国々を入れたかったのだが、アジアでは地形図の購入が不可能な国が多い。ヨーロッパでも東欧圏の国々では、現在、大縮尺地図は手に入らない。西ヨーロッパについては学内に研究者が多い。そこで、このコレクションにはイギリス、オランダ、オーストリア、スイス、スウェーデン、スペイン、デンマーク、西ドイツ、ノルウェー、フィンランド、フランス、ベルギー、ポルトガルの13ヶ国の本土全域が含まれている。

5万分の1地形図は、一般図であり汎用図である。それ自体を研究対象とするのは、地図学や地理学の分野に限られようが、地形図の利用は地理学以外の いろいろな面で行われており、本学の研究者や学生にもいろいろ利用されることと思われる。

地形図を利用するには、地形図の表わす上での約束、つまり図式というものを理解していなければならない。図式は各国によって特色があり、狭い紙面ではとても説明できないが、以下簡単に2、3の点についてのみふれておこう。

5万分の1地形図のような狭い範囲でも、丸い地球をどうやって平面に表すか、その投影法は重要である。戦後、西ヨーロッパでは各国の地形図を統一する ために、NATOを中心に1951年UTM図法(ユニバーサル横メルカトル図法、ガウス・クリューゲル図法ともいう)の採用が勧告された。 日本でも、1962年からUTM図法を採用しているが、西ヨーロッパではオーストリア、スウェーデン、デンマーク、西ドイツ、ノルウェーなどがUTMを採用している。イギリスは横メルカトル図法を使っているが、中央経線を西経3度ではなく、西経2度においている。スイスは東西の方が長い国なので斜軸メルカトル図法を用いている。フランスはパリを通る経線を中央経線としたランベルト正角円錐図法で全国の5万分の1地形図を作っている。ベルギーも、ベルギー用ランベルト図法を使用しており、オランダは平射図法、ポルトガルはボンヌ図法を用いている。

一枚の5万分の1地形図に含まれる範囲も各国いろいろである。日本は経度差15分、緯度差10分を一図葉の範囲としているが、西ヨーロッパではオーストリア(経度差、緯度差とも15分)、スペイン(経度差20分×緯度差10分)、西ドイツ(経度差20分×緯度差12分)などが、経線、緯線で図の範囲を決めている。 ノルウェーも同様であるが、緯度差は15分で統一しているが、経度差は3つの緯度帯でそれぞれ異る。フランスはメートル法の主唱国だけあって、図幅も東西が0.40グラディアン(経度差21分36秒)、南北が0.20グラディアン(緯度差10分48秒)であり、グリニッジ経度の他にパリ天文台を0グラディアンとしたパリ経度と緯度がグラディアン単位で明記されている。

この他の国では5万分の1地形図の一葉の範囲が距離で決められている。もっとも大きいのが、イギリスで、ヨコ40km×タテ40kmで、日本の5万分の1地形図の約4倍の面積を一葉の中に含み、しかも、相隣接する地形図の範囲を少し重複させている。地形図一葉の範囲をこのように経線緯線ではなく、距離で決めて、UTM図法を使うと、デンマークのように、一枚の図幅の中に中央経線の相異なる2つの地域を、緯線を折ってつながなければならなくなる。

日本では5万分の1の等高線の主曲線は20m間隔で全国統一されているが、ヨーロッパではオランダのように5m間隔の国から、スペイン、ポルトガルのように25m間隔の国までいろいろあり、ベルギーやフランスのように地域によって異なる国もある。またスイス、フランス、オーストリアなどのように等高線にボカシを入れて地形を浮かび上がらせている国もある。ドイツのように、最近、ボカシを入れだしている国や、スペインのように1963年図式 だけボカシを入れて、その後、1977年図式からボカシをとってしまった国もある。

一般にヨーロッパの5万分の1地形図は日本のそれより、人文現象を重視し、道路などは読みやすく、一般人向けに編集されている。その代り、地形の読み取りなどは日本の地形図よりも難しい。また、地名表記も日本よりも少なく、読みやすい。現在、地図は読むよりも、見て判るような方向へ、改良されつつある。文学や歴史や日常の色々なことに、今後、これらのヨーロッパの地形図を大いに利用していただきたい。

なお、今回のこのヨーロッパ大縮尺地形図集成の収集は野村前学長や藤田前学長を始めとする図書館関係者の大いなる努力の賜物である。特に去る5月11日に急逝された野村正七前学長は、地図学者として、本学図書館の地図帳や地図の収集に並々ならぬ情熱を注いでこられた。ここに先生の御努力に感謝し、心から御冥福をお祈りする。

(教育学部教授)


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