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ミラボー・コレクションについて

遠藤輝明

ミラボー伯 (Honore Gabriel Riquetti, comte de Mirabeau, 1749-1791)は、フランス重農学派の経済学者として著名なミラボー候(Victor Riquetti, marquis de Mirabeau, 1715-1789)の息子である。 ミラボー家はイタリア商人であったリケッティ家の血筋を引くものであるが、その財力を もって16世紀に南仏のミラボーに領地を獲得したことでミラボーの貴族名を持つようになった。 つまり、ブルジョア商人から貴族へ上昇した家系に属し、アンシャン・レジームにおける 新貴族層(bourgeois-gentilshommes)の典型的な例のひとつであるといえよう。

18世紀後半期という近代への大きな曲り角のなかで、ミラボー伯の一生は極めて波乱に富んだ ものであった。偉大な父ミラボー候への尊敬と反抗が若きミラボーに情熱的な自己主張の 精神を培い、ブルジョアジーに出自を持つ新貴族層が抱く「時代の精神」=非合理的 デスポティズムへの反抗をふまえるなかで、「革命の獅子」ミラボーが創り出された。 われわれはミラボーの伝記を追求するなかでアンシャン・レジーム末期からフランス革命 にいたるフランス社会史の新しい局面を明らかにすることができよう。

このたび、横浜国立大学附属図書館に大型コレクションのひとつとして備えられた 「ミラボー・コレクション」は、こうした新しい研究への欲求を充分に満たしてくれるだけの 内容を持っている。収蔵冊数は総計185冊。ミラボー伯の著作・演説・意見書・書簡など主要 なものが集められているほか、ミラボーに対する「追悼の辞」各種が多数収録されている。

まず第一に、ミラボーの伝記については、養子のリュカス・ド・モンティニーがミラボー 自筆のものや父・叔父などのミラボー関する記録などを集めて1834-35年に公刊した8冊本が ある(H. G. Riquetti de Mirabeau, Memoires biographiques, litteraires et politiques, ecrits par lui-meme, par son pere, son oncle et son fils adoptif, Paris 1834-35, 8 vols.)。これは、ミラボーの全容を知るうえで欠くことのできない文献である。

ミラボーは、雄弁家であり、ジャーナリストであり、活動的な政治家であり、有能な行政官 であったとも云われている。その行動領域は極めて多面的である。そうしたなかで、アンシャン ・レジームの末期に、私設外交官としてベルリンに滞在し、王政のあり方について研究した 成果を、1788年にロンドンで De la monarchie prussienne, sous Frederic le Graud, 7 vols として公刊した。これについては、マルクスも「資本論」で取りあげており、 日本においても早くから、その存在は知られていたが、このたびのコレクションには、同書の ほか、プロイセン王国に関する意見書、書簡などが含まれており、より詳細な研究をすすめる ことができよう。また、外交問題に関する所信被れきも数多く行なわれており、18世紀末に おけるヨーロッパ外交問題の一端を知ることができよう。

三部会の召集からフランス革命の初期段階である立憲議会にかけて、ミラボーは縦横に「獅子 奮迅」の活躍ぶりを示す。ルソーの思想を理解し民衆の立場から旧貴族層の封建的反動に抵抗 しながらも、国王の弁護人として「裏切り」の嫌疑をかけられたミラボー。合理的な立憲王政 がミラボーの目標であったと考えられるが、立憲議会における諸立法へのミラボーの反応は フランス革命の社会・経済史を分析する上で重要である。

ミラボーが立憲議会で行なった「演説」discours は多面的である。財政、アッシニヤ紙幣、 タバコ税、株式会社、鉱山、金融会社などのほか、公教育、教会、政体、外交など、問題と なる事柄にはミラボーの声が必ずといってよいくらいに飛んでいる。これらを、1789-1791年 におけるラ・マルク伯(comte de la Marck)への書簡集にもとづきながら整理してみるのも、 興味あるところとなろう。そうしたなかで、ミラボーの金融・財政論はとくに注目に値する。 早くも1880年代にカロンヌ(C. A. de Calonne, 1734-1802)の経済再建論に関心を寄せた ミラボーは、穀物投機・株式投機に対する批判の論陣を張っていたが、割引銀行の改革論を 展開しつつ信用理論についても豊かな学殖を蓄積していた。その成果が1790年における アッシニヤ紙幣論争におけるミラボーの紙券論となって展開する。ネッケル(J. Necker, 1732-1804)を国家財政の要から追放してしまうことになるこの論争は、フランス革命の 財政等を理解する上での重要な鍵となるであろうが、本コレクションのなかでの追求が 可能である。

以上のほか、ミラボーの人間性についても、ミラボーが1777年にヴァセンヌの牢獄に幽閉される 原因となったソフィー夫人(Sophie, モニエ伯の妻)との「愛の書簡」から、ある一面を知る ことができよう。

ミラボーの死後、1791年10月20日付で「国葬にせよ」という陳情書が議会に出されているのを 知ったのも、このコレクションを整理しながらであった。わが国の業績では、井上幸治 「ミラボーとフランス革命」、木水社(1949)が先駆的な仕事として存在するが、この コレクションをとおして、ミラボーに関する新たな知見を持つことが可能になったと思っている。

(経済学部教授)


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