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理念の創造と有効性

附属図書館長   
奥 村 悳 一

最近,企業の経営理念についていろいろ調べていて,ふと感じたのは,図書館の理念は何だろうかということである。図書館の理念といっても,私立と公立の場合では違うであろうし,公立の場合でも独立図書館と付属図書館とでは異なることであろう。そもそも,図書館の理念を組織に浸透させて,有効なものにすることができるのであろうか。本稿では,図書館というよりも「企業の」経宮理念について,これを組織に浸透させ有効なものにする経宮者の努力について書いてみたい。図書館の理念に関する同様の試みに対して,何等かの参考になるものと思われる。

さて企業の経宮理念は、「企業経宮について,経宮者が公表した信念である」と定義することができよう。ここでは,経宮理念が経宮者の「信念」や「使命感」であるということが重要である。三鬼陽之助氏は,成功する経営者と失敗する経営者を最後に分けるのは,使命感の強さ,信念の強さの差ではないかと述べる。そして,土光敏夫,松下幸之助,本田宗一郎に共通するのは,「身の引き締まるほどの使命感に燃えた姿であり,確固たる信念を持ち,それを貫き通すために厳しく己を律した姿である」としている(三鬼陽之助「「信念」に生きた経宮者たち」『プレジデント』30(10),1992,10,pp‐70〜5)。

次に,経宮理念を有効にする要索として,経宮理念の「階層性」と「領域性」に注目したい。私企業の場合,一口に経宮理念といっても,複数の要素から構成されている場合が多い。たとえば,(1)社是・社訓,(2)社是・経宮理念・綱領,(3)経宮理念・経宮方針・行動指針などといった形のものである。つまり,経宮理念として,おおむね(1)会社の使命や存在意義についての「経宮理念」,(2)これを具体化し実効あらしめる「経宮方針」,そして(3)社貝の行動を指示する「行動指針」が並べられている。すなわち,理想としての上位概念から実践原理としての下位概念にいたる目的と手段の「階層性」が見られるのである。

また経宮理念は,(1)社会あるいは株主のために存在するという「企業の存在についての理念」,(2)世界全体,人類全体のために社会的貢任を遂行するという「企業環境についての理念」,そして(3)経宮基盤の確立や従業員の行動指針を示す「企業の管理活動についての理念」を披瀝している。このように,経宮理念が3つの重要な領域をカバーし,それぞれについての信念を確立していることを,経宮理念の「領域性」と名づけることができる。先の経宮理念の「階層性」とこの「領域性」は,ともに経宮理念を効果的にするための枠組みである。

それに加え,経宮理念を活かし有効にする枠組みとして,経営理念を企業の創業者から後継者が受け継ぐ際の「凍結と解凍」という経宮過程に注目したい。江口克彦氏は,その著『経宮秘伝』において,松下幸之助氏と推定できる経宮者の言葉を伝えている。その経営者がいうのに,後継者は創業者の経宮理念を体系化し,文章化しなければならない。それというのも,経宮理念は,科理したり物を洗ったりする水のようなもので,この水を一滴も漏らさず次の人,隣の人に手渡すためには,その水をいったん凍らせることが必要であり,この水を凍らせる「凍結」の作業が「経宮理念の体系化と文章化」に他ならない。

ただし,文字に書かれた経宮理念は氷の伏態であり,文字に書いてありますということでは済まない。水でご飯を炊いたり,料理をすることは愚かなことであり,氷は一度「解凍」して,水にして使わないといけないのである。すなわち,この経宮者が述べる秘伝によると,「経宮理念というものも,体系化した,文章化されたものを使いこなすには,その文章化された経宮理念を水に溶かさんといかん。そのことを理解したうえで,また,社員にも理解させたうえで,後継者は創業者の考え方,行動を十分に念頭において,経宮理念の研究,体系化に取り組まんといかんね」と(江口克彦『経宮秘伝一ある経宮者から聞いた言葉一」PHP研究所,1991,pp‐185〜7)。

この「文章化された経営理念を水に溶かさんといかん」という言葉は,後継者が創業者の理念を理解し文章化したものを再び実践に移す経宮過程について記しており,経宮理念,さらには経宮を何代にも亘って永続させることの至難さをわれわれに示している。まさに「経宮秘伝」というに柑応しい言葉である。この経宮理念の「凍結と解凍」という経営過程は,経宮学と経宮実践との関係についても示唆するものを持っている。すなわち,松下辛之助氏が述べるごとく「経宮学は知ることができる。しかし,生きた経宮というものは,教えるに教えられない,習うに習えない,自得するしかないものだ」(江口克彦『松翁論後』PHP研究所,1994,p‐83,奥村息一『現代企業を動かす経宮理念』有斐閤,1994)。企業や図書館の経宮理念を生きたものにするには,文章化された経宮理念を水に溶かし,経宮を白得することに心掛けねばならない。

<おくむら とくいち>


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